広島高等裁判所 昭和30年(う)20号 判決
職権を以つて調査してみるに、原判決は、罪となるべき事実として被告人は、第一「李宗業と共謀の上昭和二十九年三月頃二回に亘り肩書自宅で河圭祥に対し麻薬である塩酸ジアセチルモルヒネ末計〇、一瓦位を代金四百円で譲り渡し」第二「常習として昭和二十九年三月中旬頃から同年六月十三日頃迄の間前同所で同麻薬を一回に〇、〇〇〓瓦乃至〇、〇三七五瓦計一、一三七五瓦を自己の身体に注射して施用し」たものであると認定し、右第一の所為に麻薬取締法第十二条第一項第六十四条第一項刑法第六十条、第二の所為に麻薬取締法第十二条第一項第六十四条第一項第六十七条第一項を各擬律し、以上につき刑法第四十五条第四十七条第十条を適用し第二の罪の刑に併合罪の加重をなしているのである。しかし麻薬取締法第十二条第一項によると「麻薬は何人も輸入し、輸出し、製造し、製剤し、譲り渡し、譲り受け、交付し、施用し、所持し、又は廃棄してはならない」と規定し、同第六十四条第一項は「第十二条第一項の規定に違反した者は七年以下の懲役に処する」同第六十七条第一項は「常習として第六十四条の違反行為をした者は一年以上十年以下の懲役に処する」と各定めているのである。而して右一連の規定を立法趣旨に即し、文理的且つ合理的に解釈するにおいては、前記第六十七条第一項第六十四条の常習罪は、同法第十二条第一項に規定する行為の一部又は全部について既に之をなす習癖を有する者が、同項に規定する各行為の一部又は全部を敢行した場合、又は之等の行為を新たに反覆累行している中に習癖が形成された際に成立するものであり、而して両者何れの場合においても前後の行為が同一類型のものであることを要しないものと解すべきである。してみれば、常習として原判示第二の犯行をなした被告人が、その頃之と異種類型ではあるが同一法条である前記第十二条第一項所定に係る原判示第一の犯行をなしたものである以上、右は包括して常習一罪と認むべきである。されば右両者を別異独立の犯罪であると解し、之に併合罪の規定を適用処断した原判決は法令の解釈適用につき過誤を犯したものというべく、この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない。
よつて論旨第二点に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十二条第二項第三百九十七条第一項に則り原判決を破棄し、同法第四百条但書に従い直ちに判決する。
当裁判所が認定した事実並びに証拠は、原判示第二冒頭の「常習として」とあるを削除し、原判示冒頭の「被告人は法定の除外事由がないのに」の次に「常習として」を附加する外原判決記載の通りであるから、ここに之を引用する。
被告人の右所為は麻薬取締法第十二条第一項第六十四条第一項第六十七条第一項(原判示第一の行為について刑法第六十条)に該当するので、その所定刑期範囲内で被告人を懲役一年に処し、所論の各事情を参酌の上刑法第二十五条を適用し三年間右刑の執行を猶予する。
(裁判長判事 伏見正保 判事 村木友市 判事 石見勝四)